穂村弘『蚊がいる』
ふわふわ人間が感じる、周囲とのズレ
というわけで今回は、穂村弘『蚊がいる』(角川文庫)です。
穂村弘といえば、以前スターバックスを題材にしたあれなエッセイとか、ご飯に関する(関するとは言ってない)あれなエッセイなんかを取り上げましたが、今回もなかなかの仕上がりです。
穂村弘の著作を読んでいると、恐ろしく繊細で、些細なことを気にする人だなあ、と思うのですが、エッセイがうまい人というのは、例外なくこうした些細なことを拡大するのがうまいと感じます。
巻末にはお笑い芸人の又吉直樹氏との対談が掲載されていて、これまた面白いんですが、穂村弘の真骨頂はやはり、一人でなにかについて語っているときだなあ、と感じます。
本書でのお薦めは『カニミソの人』、『納豆とブラジャー』、『漁師のプリン』あたりでしょうか。
お気に入りを拾い読みするもよし、半身浴のお供にするもよし、カフェで読んでニヤニヤして、周囲に気持ち悪がられるのもよし(僕ですけど)。好き好きに、ゆるく楽しめるという意味で、エッセイはやはりいいですね。
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詠坂雄二『ナウ・ローディング』
ナウ・ローディング
というわけで今回は、詠坂雄二『ナウ・ローディング』(光文社文庫)です。
以前感想を書いた『インサート・コイン(ズ)』の続編となります。
続編、と言いつつも世界観を引き継いでいるだけで、前作を読んでおらずとも問題なく楽しめると思います。
本作は連作短編集となりますので、まずは個別に感想をば。
・『もう1ターンだけ』
前回の後日談的なものですが、作品のスタイルとしても前作を少し引きずっているかな、という印象。
本書は前作と比べるとミステリの色を薄めて、青春小説としての面を大きく押し出しているように思います。この作品はその過渡にあるというか、まだミステリらしい話だと思います。
・『悟りの書をめくっても』
RTA(リアル・タイム・アタックの略です)のお話。
一応ミステリの顔をしていますが、それ以上に青春小説として良質で、本書の中で一つ選ぶとしたら、僕は迷わずこれを選ぶでしょう。
・『本作の登場人物はすべて』
タイトルでピンとくる方もおられるかと思いますが、R‐18感満載の話です。苦手な人は読み飛ばしを推奨。
ただ、ラストの苦さがそこに至るまでの描写とのギャップでうまく際立っているようにも思います。万人にお勧めはできませんが、個人的にはいろいろと思うところがある作品。
・『すれ違う』
ややトーンダウンしたかな、という印象の作品。
嫌いではないのですが、最後のシーンは《よみさか》が登場しない方がよかったのではないかという気がします。青春小説としての色もやや控えめで、なんだか不思議な話。
・『ナウ・ローディング』
これを読む前に『遠海事件~佐藤誠はなぜ首を切断したのか?~』 (光文社文庫)を読んでください。読まないと意味がわからない部分が多々あります。
『遠海事件』の後日談的な話。
タイトル的にはここに納まっていることに違和感はないのですが、内容は一個もゲームに関係ないので、この作品だけ妙に浮いている感じがします。
創作とゲームというのは切っても切れない関係にあるので、ここに収録したかった気持ちはわかるのですが、このテーマで語るうえで過去作とリンクさせてしまったのはまずかったかなあ、と思います。内容的にはいろいろな人に読んでほしいものなのに、過去作に目を通すというハードルがあるのはちょっと……
という感じ。全体的なクオリティは前作のほうが高い印象ですが、どの話にもはっとさせられる部分があり、そういうところが今回のスタイルゆえなのかな、とも思います。
青春小説に寄せたことによって、物語が読者の近くまでやって来て、そのおかげで伝えたいことがまっすぐに伝わるというか、物語に含まれた苦みが、過ぎ去ってしまった青春時代とうまくマッチしています。
なかでも『悟りの書をめくっても』はかなりいい出来で、色々な人に読んでほしい作品です。
竹本健治『囲碁殺人事件』
すべての謎は、首に帰結する。
というわけで今回は竹本健治『囲碁殺人事件』(講談社文庫)です。
竹本健治といえば、以前感想を書いた『涙香迷宮』が昨年末のランキングで軒並み上位に入り話題となりましたが、その原点が本作となります。
本作は1980年代に書かれた《ゲーム三部作》の一作目で、IQ208という天才的な頭脳を誇る少年牧場智久が登場するシリーズの一作目でもあります。
感想ですが、いいですね、これ。
僕は囲碁にまったく明るくないんですが(ルールをぼんやり知っていたくらい)、それでも十二分に楽しむことができました。作中でルールもしっかり解説されているし、僕のようなずぶの素人にもわかりやすく書かれていると思います。
肝心の謎のほうは……正直途中で「そういうことだな」とわかってしまったのですが、結局のところ本作は小説として面白いので、そこは大した問題ではないかな、と思います(もっとも、気取られないに越したことはないわけですが……(^^;))。
というか、今回新装版を手に取った、そこそこミステリを読んでいる人は、大方察しがついたのではないかと思います。ただ、これがおおよそ40年前の作品であるということを考えると、当時はかなり斬新だったのではないかな、と思います。
併録された『チェス殺人事件』に関しては、まあおまけ程度に考えておいた方がいいでしょう。どうでもいい話ですが、この作中の智久くんはいったい何歳なんでしょうかね? 『囲碁殺人事件』のころよりも幾分大人びて見える反面、海外に行く際にお姉さんを保護者としているので、それほど時間の経過はなさそうですが……
小泉喜美子『殺人はお好き?』
さよなら、かわいい人!
というわけで今回は、小泉喜美子『殺人はお好き?』(宝島社文庫)です。
夭折した作家の名作、満を持しての復刊、ということで、楽しみにしていた一冊。
小泉喜美子といえば、死に様がなかなかにエキセントリックで、ともすればそればかりが印象に残りがちですが(たしか、バーの階段から転げ落ちてなくなったんだったと思います。エキセントリックさでは尾崎豊と双璧なんじゃないかと)、作品も名作ぞろいです。そして、本作もそんな、名作のうち一つである、というわけです。
さて、感想。
ハードボイルドモノ、というとチャンドラーみたいなゴリゴリのやつと、本作のような、ややコメディタッチな作品とに分かれますが、僕は後者しか読んだことがないです。以前感想を書いたジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 も、後者寄りの作品だと思いますし。
本作はアメリカの私立探偵ロガートがかつての上司であるブランドンの依頼を受けて、日本を訪れるところから始まります。そこから基本的には『ハードボイルドってこういう感じでしょ?』という流れを辿って、その通りに決着するんですが、それがいい。
もう一度、声を大にして言います。
だ が 、 そ れ が い い 。
本の感想なんかを述べるときに『結末がわかってしまった』などと書く人がいますが、それは感想じゃないですよねって声を大にして言いたいです。
本作のようなハードボイルドは、驚愕の結末を求めて読む物ではなく、主人公が大ピンチに陥り、それをかいくぐって大団円を迎える、というある種では水戸黄門的な流れを楽しむものなので、結末などありきたりでいいわけです。本書はその典型のような話で、ハードボイルドかくあるべし、という展開を楽しむのがいいと思います。
ところで、本作はほぼ半世紀前の作品なのですが、まったくそれを感じさせませんね。まさかそんなことはないと思いますが、作者がいつ、何時(例えば今の僕のように世紀をまたいだ時代で)読まれてもいいような書き方をしているのだとすれば、その目論見は大成功している、と言えるでしょう。それだけに夭折が惜しまれるところ。
幻の名作、という帯に偽りなしの作品でした。おすすめです
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山口遼『ジュエリーの世界史』
宝石の美しさは、そこに流れる時間の美しさである
というわけで今回は、山口遼『ジュエリーの世界史』(新潮文庫)です。
ええと……なんで買ったんだったかな、この本は。たまたま書店に出かけたときに新刊で並んでいて、それで興味を惹かれたんだったと思います。少なくとも計画的に購入したわけではないのはたしか。
この本、元は昭和六二年に発売されたものらしいんですが、どうしてほぼ三十年後の今になって文庫になったのか……まあ、文庫になったおかげで僕が手に取ることができたわけですが(^^;)
本書はタイトルの通り、人類がジュエリー(一般的には『宝石』くらいの意味合いで使われることが多いですが、本書ではもう少し広く『装身具』という意味合いで使われています)とともに歩んできた今日までの道程を、駆け足ではありますが解説しています。カルティエやティファニーなど、この世界を語るうえで外せない人物はもちろんのこと、ジュエリーのそもそもの成り立ちや今日の意味と役割など、語られる切り口は多岐にわたります。筆者の山口遼曰く、「日本にはジュエリーに関する本は少ない」ということなので、本書はそういう意味でも大きな意義を持っていると言えるかもしれません。
また、巻末には『正しい宝石の買い方、教えます』と題されたエッセイ(少なくとも僕の認識では、そうです)が収録されていて、我々がジュエリーを購入する際に気をつけるべきことが(ある意味で)赤裸々に綴られています。この部分だけでも本書を買って読む価値があるのではないでしょうか。
読んでいて感じたのは、宝石に携わる仕事というのは、ほかの仕事と比べると趣味的な部分(宝石を愛していなければならない、というのはまさにそう)が大きく、愛情とか義理人情に欠けている人間では勤まらないものなのだな、ということと、ガチのお金持ち凄すぎじゃないですかーやだーということです。
資料的にも面白いと思いますが、単純に読み物としても興味深い一冊でした。
こだま『夫のちんぽが入らない』
夫のちんぽが入らない
ということで今回は、こだま『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)です。
方々で話題になった作品が、満を持して刊行されました。
僕がこの本を知ったのはいつだったか……ちょっと記憶が曖昧ですが、昨年の十月くらいだったかと思います。その時点で購入を決め、そして買ってすぐに読んでみたわけですが――
内容はいたってシンプルで、タイトルの通りです。セックスすることができない二人の、二十年という月日を綴った物語です。
文章は静かに並んでいて、どこか他人事のようにも感じるのですが、その距離の置き方とか感情の形がおそろしくリアルに息づいていて、読んでいると当たり前のように現実感が自分の中に根付いていくのがわかります。
男と女でなく、一人と一人が肩を寄せて生きていく様子が、たった200ページ足らずに込められています。
文章のリズムは決してよくないのですが、文章に瑕疵がないのと、作者が自分の中でこの問題をしっかりとらえているように思えるのとで、ぐいぐい読ませます。なんとなく、読者層としては女性を狙っているように思うのですが、なにか少しでも不安があったり、人に言いづらい悩みを抱えたりしている人に読んでほしいと思いました。
綾辻行人『どんどん橋、落ちた』
読者(あなた)に挑戦する、五つの謎
というわけで今回は、綾辻行人『どんどん橋、落ちた』(講談社文庫)です。
初綾辻……じゃないですね。以前『Another』 (角川文庫)を読んでいました。本作で二冊目、ということになるかと思います(記憶違いがあるかもしれませんが……(^^;))。
本作のタイトルはまあ、この歌
♬ロンドン橋/London Bridge Is Falling Down【英語のうた/English song】
のもじりなんですけれど、僕の世代だともう、この歌ってあんまりなじみがないんですよね。まあでも、『橋が落ちる』といえばまずこの歌が思い浮かぶかなあ、とは思います(そんな物騒な歌、そうそうないと思いますが……)。
ともあれ、感想に行きたいと思います。本作は連作短編集になりますので、感想は個別に。
・『どんどん橋、落ちた』
表題作ですね。面白かったですが、犯人当てが当たらなかったのが残念。
作中で色々言っていますが、個人的にはぎりぎりアンフェアかな、と思います。というか、僕がこの可能性を除外した要素がある場所に書かれていたのです。これがなければフェアかな、とも思うのですが……
・『ぼうぼう森、燃えた』
タイトルからもわかる通り、『どんどん橋、落ちた』の亜種ともいえる作品で、冒頭の注意書きに従って順番に読んでいれば、おそらく本作の犯人当ては難しくないでしょう。僕も犯人はわかりました。
犯人当てかくあるべし(異論はあると思いますが……)という感じの構成で、個人的には楽しめました。
・『フェラーリは見ていた』
この短編集の中では、ちょっと異色な話。っていうか、犯人当てじゃないですよね。犯人当てというシステムを利用して、そういう遊びを皮肉っている内容は、ちょっとおもしろかったです。
ただまあ、タイトルはなにか別のもののほうがいいようにも思いますが……
・『伊園家の崩壊』
登場人物名でニヤニヤする話(というか、本作に所収されている作品はそんなのばかりですが、これはその最たるものかと)。
これも僕は途中で犯人に気付いたのですが、なんというかこう、論理的に考えていけばしっかりと解答にたどり着くことのできる仕様はやっぱりいいですね。
・『意外な犯人』
これ、刊行当時に読みたかったなあ……
というのも、僕は作中で使用されているギミックを以前に読んでいる (ネタバレになるので覚悟してリンクを踏んでください)ので、それを知らないままに読みたかったなあ、と。
しかしながら、犯人当てとして提示された条件のおかげで、謎解き自体は楽しんだので、そこはさしたる問題でもないのかな、とも思います。結局のところこの作品は犯人当てで、犯人を当てるためだけにすべての要素が存在しているのですから。
という感じ。
もちろん、犯人当てというジャンル自体は知っていたわけですが、実のところちゃんと触れるのはこれが初めてだったりします。そして、最初に触れた犯人当てがこの作品でよかった、とも感じました。
読んでいて感じたのは、この形式はメタ的な発言と非常に相性がいいのだなあ、ということです。というか、この形式だとメタ発言も当たり前に受け入れられるというか……不思議なものです。
メタ発言の一例
たとえばこの本で綾辻行人デビューをする、という方にはぜひとも一度手を止めていただいて、ほかの作品に触れてから読んでいただきたいと思うのですが、こういう変化球的な作品もたまにはいいと思うのです。