メガネストの読書日記

眼鏡好きのメガネストが、読書日記をつける

『ミステリーズ!』vol.81感想(泡坂妻夫『酔象秘曲』)

 

ミステリーズ!  vol.81

ミステリーズ! vol.81

 

  ここまでおおよそ百の本の感想を書いてきたと思うんですが、ここらで少し趣向を変えてみようかな、と思うのです。

 というわけで今回は、今月発売したミステリーズ!』の81号について感想を書きたいと思います。

 

 僕は普段、雑誌をあまり買わないのですが、今回はさる理由から本誌を購入することにしました。というのも、泡坂妻夫(大好き)の未発表短編が一挙掲載されるとのことで、これは買わねば! と思い立った次第。

 で、買うことを決めたのはいいのですが、この雑誌、僕の地元には全然置いてませんでした。それなりに大きな本屋を五、六軒回ったんですが、全然見つけられず……結局所用で出た際に購入いたしました。

 

 という話はさておき、感想でも。

やったー!!

f:id:mahiro_megane:20170219183416j:plain

泡坂妻夫の短編『酔象秘曲』を読むことができた感想は、とりあえずこれに尽きるでしょう。

 未発表短編を構想ノートから発掘される、というのが作者的にどうなの、という気は少ししますが(帰宅したら隠していたはずのエッチな本が机の上に並べられていた時のような気持ちでしょうか)、やはり読者としてはうれしいもの。僕も当然、嬉しいです

 本作は泡坂妻夫の構想ノートから田中正幸が文字起こしをして掲載に至ったものだそうですが、その苦心に見合ったものが読めるかと思います。しかし、犯人の動機に関しては似た話をどこかで読んだことがあるような……まあ、この話で重要なのは動機ではないので、そこはどうでもいい気もします。

 タイトルにもなっている『酔象』というのは、その昔楽しまれていた大将棋で用いる駒で、真後ろに動かすことができない(詳しくは図を参照してください)駒で、本作はその駒を用いた酔象将棋を楽しんでいた面々が、ある旅館に集まったことから始まります。

f:id:mahiro_megane:20170219184518j:plain酔象の動き方

 状況はともかく、論理の組み立てにやや無理がある感じもしますが、とにかく雰囲気がいい。読んだあとに素晴らしい満足感がありました。

 なお、本作は長編として形になる構想もあったようですが、そちらが果たしてどのような作品になっていたのか……いろいろ想像してしまいます。

 

 なお、本誌には米澤穂信福岡県大刀洗市で行った公演の模様もレポートとしてまとめられていて、個人的にはありがたかったです。

エリザベス・ギルバート『食べて、祈って、恋をして』

 

食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)

食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)

 

 旅の果てには、いったい何があるのか。

 

 というわけで今回は、エリザベス・ギルバート『食べて、祈って、恋をして』(RHブックス・プラス)です。 

 今、世界で最も短編のうまい作家ともいわれるエリザベス・ギルバートが、ある理由から一年をかけてイタリア、インド、インドネシアを旅してまわった記録が、本書となります。エッセイというか、紀行文というか、そんな感じのものだと思えばいいでしょう。

 本書はタイトルの通り、第一部のイタリア編では食べて、第二部のインド編では祈り、そして第三部のインドネシア編では恋をするという構成になっていて、個人的には第一部の内容に重きを置いていたので、ちょっと期待したのとは違った感じ。

 内容ですが、エリザベス・ギルバートの宗教観やスピリチュアルなものに対する考え方が比較的はっきり出ていて、良くも悪くも日本人にはあまり書けないような内容だなあ、という感じ。

 ただ、それだけに面白く読むことができましたし、ある事柄が破壊され、再生していく様を精緻に描き出していたようにも思います。

 そして、特筆すべきは文章でしょう。エッセイとはいえ随所にセンスを感じる文章がちりばめられていて、読んでいて非常に面白い。エッセイとしてはかなりボリュームがあって、気軽な読書とはいかないかもしれませんが、ぜひとも一度読んでほしい本です。

ジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

 

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

 

  なんにも残らなかった、人生だった

 

 というわけで今回は、ジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(新潮文庫です。

 

 本格ハードボイルドの名作ですが、読むのは今回が初めてです。というか、ハードボイルドについて僕は全然明るくないので、期待と不安の入り混じった読書になったわけですが――。

 

 感想ですが、面白かったです。「ハードボイルドってこんな感じ」と想像するところを、まっすぐに走っていくというか、これをまず最初に読んでおけば、ハードボイルドというジャンルについておおよそ理解することができるような、そういう作品だと感じます。

 ただ、なにぶん一世紀近くも前の作品なので(発表は1934年)、古めかしさはあります。ただし物語自体に古さは感じられず、今でもさほど違和感なく読むことができると思います。

 ところで、僕が持っているのは昭和38年発行の版なのですが、さすがに訳文が古くて読みにくかったです。カリフォルニアがキャリフォニアと訳されていたり、登場人物に『吾輩』という一人称を普通に使う男がいたりと、そういう部分での戸惑いはありました。現行の版ではどうなっているのでしょうか。

 

 

《関連記事》

小泉喜美子『殺人はお好き?』 - メガネストの読書日記

辻村深月『ネオカル日和』

 

ネオカル日和 (講談社文庫)

ネオカル日和 (講談社文庫)

 

  辻村深月を作ったものたちを詰め込んだ、玉手箱

 

 というわけで今回は、辻村深月『ネオカル日和』(講談社文庫)です。

 

 辻村深月は割と好きな作家で、デビュー作から読んでいるのですが、本作はどういうわけか買い漏らしていました。多分、「おっ、辻村深月のエッセイ出とるやんけ、買ったろ!」と思ったはずですが、そのまま忘れていたのでしょう

感想ですが、個人的には普段読むようなエッセイとは違った楽しみ方ができたかな、と思います。

 僕は割と、とほほな(本上まなみ語でいうところの『へもい』)日常をつづったエッセイが好きで、穂村弘島本理生のエッセイなどは楽しく読んでいたのですが、こういうかっちりした真面目なエッセイも面白いですね。なんというか、人柄が表れるというか。

 基本的には、『〇〇に行ったときの話』みたいな取材型のエッセイが多いのですが、中ほどに収録されている短編『七胴落とし』は面白かった。これだけのために本書を買ってもいいと思います。

 なお、タイトルでお気づきかと思いますが、この短編は『神林長平トリビュート』というアンソロジーに寄稿されたもので、僕はこちらも買い逃していたのでここでの収録はうれしかったです。

 特に読んでほしい一編は、『ゲームとUFOキャッチャーと紙のにおい』というエッセイで、本読みならば一度は経験のある風景だと思います。僕も昔を思い出しました。

連城三紀彦『戻り川心中』

 

戻り川心中 (光文社文庫)

戻り川心中 (光文社文庫)

 

  花のように、美しく儚い五つの物語

 

 というわけで今回は、連城三紀彦『戻り川心中』(光文社文庫)です。

 

 実は初連城というね……

 今まで読まなかった理由は特にないのですが、ここらで読んでおきたいな、と思い自室の本棚を捜してみたのですが、この本を買ってなかったんですね、僕。読むならばこの本から、と決めていたので、慌てて買いに走った次第。

 そんなわけで感想に移ろうと思いますが、本作は短編集となっておりますので、感想は個別にいきたいと思います。

 

・『藤の香』

 よかったですね、これ。僕はすごく好みでした。ミステリというよりは人の情念を描いた話、といった風情で、連城のエレガントな文体にとてもよく合っていたと思います。

 

・『桔梗の宿』

 これも素敵な短編でした。今年一番好きだった短編かもしれません。

 物語がだいたい、読者の想像通りに進んでいくことかと思いますが、ラストシーンは胸を打たれました。また、今回モチーフに使われている花は桔梗ですが、この花の物語でなければ、あのラストには到達しえなかったでしょう。

 

・『桐の柩』

 これもよかった。というか、この短編集に面白くない話などないのですが。

『桔梗の宿』とは対照的に、ラストシーンはあまり納得のいく感じではなかったです。まあでも、この主人公はこうなっていいとも思うので、これでよかったのかな、と感じます。

 

・『白蓮の寺』

 ちょっとだけ、ニューロティック・スリラーの香りを感じる短編。

 全然スリラーではないのですが、霞がかった自分の過去の記憶をたどっていく手法が、この話にとてもマッチしているように思います。

 中心に据えられたギミックには、割と早い段階で気付けたのですが、思うにミステリというものは、そういう気付きに負けない物語力を持っているべきではないでしょうか。そういう意味で本作は良質のミステリといえるかと思います。

 

・『戻り川心中』

 表題作にして、圧倒的な傑作。

 この作品については、誰かがなにかを語るよりも直接感じ取っていただきたいように思います。ある人物の強烈な感情が、連城の文体に載せられてここまで到達するというのは、まさに感服の一言。素敵な読書でした。

 

 という感じ。本書に収められている五編は《花葬》シリーズと呼ばれるうちの五つで、どれもが逸品ぞろいです。こういう短編集がほとんどワンコインで読める(税抜き533円)というのはうれしい限りですね。しかも、定期的に復刊されるから入手しやすいし。

 文体がエレガントで、入り口で敬遠しがちな人は多いかと思いますが、そこを恐れず入っていくと、素晴らしい読書が我々を待っています。読んで損はしません。おすすめです。

城平京『虚構推理』

 

虚構推理 (講談社文庫)

虚構推理 (講談社文庫)

 

 

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

 

 

  この世は『虚構』でできている

 

 というわけで今回は、城平京『虚構推理』(講談社文庫)です。

 

 『名探偵に薔薇を』(創元推理文庫で注目された作者で、そのスタイルからゴリゴリのミステリを書く人、みたいな印象を受けがちですが、本作はむしろ伝奇ものの要素が強いように思います。

 個人的な所感ですが、ミステリというのはジャンルというよりも要素の一つで、なにか別のジャンルの小説に組み込み、その物語を彩る装置のような意味合いが強いように思います。本作はまさにその典型のようなもので、伝奇小説にミステリの方法論を持ち込んだ、意欲作だと感じます。

 

 城平京といえば、ごくごく真面目な展開の中に唐突に妙ちきりんな物をブッ込んでくる印象ですが(とか)、本作もどこか、そういうエッセンスを感じさせます。そういうのを見ると、「この日と変わってないなあ」となんだかうれしくなります。

 先ほど、本作は伝奇ものとしての色が強いと言いましたが、ミステリとしても魅力十分です。特に第六章は圧巻で、論理とそれを打ち消す反証のせめぎあいが怒涛の勢いで押し寄せてきます。ここだけのためにこの本を手に取る価値があるでしょう。

 

 ところで、全然関係ない話ですが、この本のノベルス版タイトルは『虚構推理~鋼人七瀬~』だったのですが、城平京は鋼になにか特別な思い入れでもあるんでしょうか。以前も鋼鉄番長がどうとかいう作品を書いていたし……ちょっと気になります

f:id:mahiro_megane:20170211193704j:plain

イアン・マキューアン『アムステルダム』

 

アムステルダム (新潮文庫)

アムステルダム (新潮文庫)

 

  たった一枚の写真が、運命を大きく変えた。

 

 ということで今回は、イアン・マキューアンアムステルダム』(新潮文庫です。

 

 変態作家と(僕の中で)名高いマキューアンの代表作の一つが、本作となります。二本ではなかなか、こういう小説がメインストリームに乗るということが想像できませんが、本国イギリスではどうなのでしょう。

 それはさておき、感想。

 なんだか、マキューアンっぽくないですね、この本。

 マキューアンといえばなんだかこう、もっとタブーみたいなところにゴリゴリ踏み入っていく印象で、頭の中の本棚ではケッチャムなんかと似たような場所に入れていたのですが、本作はそれとはやや趣が違うように思います。

 ありがちな話、といってしまえばそれまでなのですが、どこにでもあり得る過酷な運命を美しい文体で見事に描き上げる手腕は、まさに脱帽の一言です。

 本書でマキューアンを知って、次々読んでいこうとするとやや面食らう部分はあるかもしれませんが、それを置いてもぜひとも読んでほしい一冊。