北村薫『空飛ぶ馬』
やっぱりこの謎は、あの人に相談してみよう
というわけで今回は、北村薫『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)です。
日本における日常の謎の元祖(このジャンルを定着させた、という意味で)ともいえる『円紫師匠と私』シリーズの一作目です。本書は連作短編集となっていますので、個別に感想をば。
・『織部の霊』
シリーズ最初の作品ということで、記念的な作品ではあるのですが、正直うーん、と唸りました。
作中のある人物が、古田織部正重然が切腹した、という当時の彼が知りうることのなかった事実を夢に見た理由づけはちょっと強引すぎるように思います。じゃあ、どうすればよかったのかといわれると困るんですけどね(^^;)
・『砂糖合戦』
割と好きな話。やや無理があるような気もしますが、話のライトさはいかにも『日常の謎』といった風情で好みです。しかし、この事件の犯人は現代日本にいたらSNSが大炎上してるんだろうなあ……(作中の時代設定はおおよそ三十年前)。
・『胡桃の中の鳥』
蔵王旅行記、といった風情の短編。謎に関してはおまけ程度と考えたほうがよさそう。次でも触れますが、これと次の『赤頭巾』はやや後味が悪い(もっとも、こちらは微妙に読後感をよくしようという意図が見えます)ので、好みが分かれるところ。
・『赤頭巾』
後味の悪さMaxな短編。
しかし、話の完成度としては一番だと思います。うまいこと布石を置いて、それを利用して物語を作る手腕は素晴らしいです。
・『空飛ぶ馬』
最後を飾る、表題作。ラストにふさわしい温かい読後感に好感が持てます。個人的に思うに、『日常の謎』はこの話のように、どこか心温まる話がいいのではないかと。
という感じで各話の感想を書いたのですが、ここからは全体の感想。
《私》が大学生らしくないなあ。
というのが最初(多分十年くらい前。今回は再読なのです)の感想でした。今回も思いました。
刊行当時(おおよそ三十年前)にはこういう女子大生はいたかもしれませんが(当時は多分、女性はまだ短大に進学するのがポピュラーだったころだと思うので、四年制大学に在籍する女子大生はアカデミックだったのかも)、そのことを忘れて読み進めると微妙に違和感。当時はまだ携帯電話も普及しておらず、PCも高級品だったので、こういう大学生は多かったかもしれません。時代を感じるなあ。
三十年経った今読むと、昨今の『日常の謎』と比べて文体が重いようにも思います。重いから悪いとか、軽いからいいというわけではなく、単純にそう感じた次第。個人的には、扱っている内容とマッチしていていいと思います。表紙のイラストも僕は好きですが、今だったら竹岡美穂さんなんかになるかもしれませんね。
参考画像
先ほども書きましたが、今回本作を久しぶりに再読しました。十年前よりもこのジャンルの作品をたくさん読んできて、今回改めて原点ともいえる本作に戻ってきたわけですが、ここから三十年でずいぶんスタイリッシュになったなあ、と感じました。