島本理生『B級恋愛グルメのすすめ』
これこれ、こういうのでいいんだよ(©井之頭五郎)
というわけで今回は、島本理生『B級恋愛グルメのすすめ』(角川文庫)です。
島本理生は個人的に好きな作家で、ほぼすべての著作を読んでいると思いますが、初めて読む人には個人的にはエッセイを推したいところ。
本作は、島本理生二作目のエッセイ集になります。前作『CHICA LIFE』(講談社)がなぜか文庫にならないのでこちらの方が手に取りやすいかと思います。まだ出たばかりで、普通に本屋にも並んでるしね。
本作は、タイトルの通りグルメと恋愛(ただしB級)をテーマにしたエッセイがまとめられていて、島本理生のぺっぽこぶりがいかんなく発揮されています。
……いや、けなしてないですよ? むしろ褒め言葉です。島本理生といえば、十七歳で文壇デビューを果たし、史上最年少で芥川賞にノミネートされた天才、という印象があったのですが、エッセイを読むとそういう印象を木端微塵にして妙な親近感を抱かせてくれます。「ああ、こういう人でもこんな感じなんだなあ」と。
あくまで個人の所感ですが、穂村弘のエッセイと同じような感覚で読んでいただけると楽しいかな、と思います。
ところで、島本理生といえば夫は同じく小説家の佐藤友哉ですが、彼女たちは一度離婚して、また結婚するという不思議なことをしています。
その話を聞いたときに「なんでそんなわけのわからんことを……」と思った
んですが、そのあたりの詳しい話も、本作に収められています。なるほど、こういうことがあったのね、となんか妙に納得しました。
本作に収録されているエッセイで特におすすめなのは、『日本酒よもやま』『屋形船に乗ってみた』でしょうか。特に前者はなかなかのアレっぷりで、思わず笑ってしまいました。
バカリズム『架空OL日記』
ごっぽり食べた。
というわけで今回は、バカリズム『架空OL日記』(小学館文庫)です。
お笑い芸人であり、ドラマの脚本なども手掛けるバカリズムが銀行勤めのOLになりすまして綴ったブログを二冊にまとめたのが、本作となります。芸人としてはトツギーノ
が有名でしょうか。
解説でいとうせいこうも触れていますが、基本的には『やおい』(山なし、オチなし、意味なし、という本来の意味で。トマト抜きではありません)で、時々くすっとくるような絶妙なバランスで淡々と日常が綴られていきます。
今回、実は五回目くらいの再読なのですが、初読時は、
「ここの職場、面白い人が多過ぎだろ……」
と思ったのですが、冷静になって考えてみれば、どこもこんなものなのかもしれないですね。知り合いをランダムに何人か抽出してみても、みんなどこかおかしみのあるやつらばかりでした。
要するに、そこにいる人物をどういう風に書くか、という問題で、バカリズムは持ち前の観察力で、ありふれた人たちを実に魅力的に描いています。
あと、この本のずるいところは、バカリズムの声が脳内再生余裕なところだと思います。そのせいで時折、文章がバカリズムの声で再生されて、絶妙にツボを突かれます。馬鹿らしい読書をしたいときにうってつけの一冊だと思います。二分冊ですが。
ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』
- 作者: ローリー・リンドラモンド,Laurie Lynn Drummound,駒月雅子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/03
- メディア: 文庫
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わたしたちはみんな一人ずつよ。めいめい自分の悪魔と二人きり。
というわけで今回は、ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』(ハヤカワミステリ文庫)です。
本作は連作短編集になりますので、個別に感想をば。
・『完全』
長身の女警察官キャサリンが、ある男を射殺してしまった件についてのお話。
なんというか、どこまでも救いがない内容なんですが、不思議と惹きつけられるものがあります。そこに圧倒的なリアルがあるというか、そういう実感に基づいたものが、本作にはあるように思います。
・『味、感触、視覚、音、匂い』
五感を通して幼少期のことを思い出していく、というストーリーですが、キャサリンという刑事がどういう存在なのか、ということを騙るうえで不可欠のパートであるように思います。
・『キャサリンへの挽歌』
本作は趣向を変えて、キャサリン以外の警官(多分新米警官だと思います)の視点から語られるというスタイル。本人以外の、別の視点を取り入れることの意味を明確に利用した一作であるように思います。
・『告白』
女性警官リズの物語の、イントロダクションともいえる作品。ごく短い物語ではありますが、そこに大きな意味があるように思います。
・『場所』
かつて勤務していたころの話を通して、自分がいるべき場所について綴った物語。なんとなく、これと巻末の『わたしがいた場所』は中高生に読んでほしいように思いました。
・『制圧』
ダブルミーニングになっているんですね、このタイトル。読んでから気付きました。
こういう、ワンシーンを通して複数のことを描く、という手法はかなり好きです。
・『銃の掃除』
誰もいなくなった部屋で、銃の掃除をしているだけの話ですが、そこには圧倒的な喪失感と切なさが漂っています。かなり好みの作品。
・『傷痕』
終わったと思っていた事件が、過去から追いかけてくる、といった感じの話。
事件に限らず、現実でもこんなことは往々にして起こりうると思うのですが、本作はラストシーンがとりわけ素晴らしいと思うのです。
・『生きている死者』
僕はこの中編が一番好きです。一つ前の『傷痕』がピックアップされがちですが、僕は本作こそが作者の真骨頂なのではないかな、と感じました。
・『わたしがいた場所』
一つ前の作品と明確に地続きになっている、という点ではこの中では少し異色かな、と思います。『場所』とテーマを同じくしているにもかかわらず、ここまでカラーの違う作品を書くことができるのか、と思いました。
という感じ。
この作者、僕はとても気に入ったんですが、読める著書はこれだけみたいですね。文章も翻訳ものにしては読みやすいので、残念至極。
ミステリ、というよりは警察小説だと思いますが、全十編ともに人物の描写が素晴らしいと感じました。作者は警察官を経験しているので、その影響もあるかもしれません。かなりお薦めの一冊です。
紺野キリフキ『キリハラキリコ』
リューシカ・リューシカ 1 (ガンガンコミックスONLINE)
- 作者: 安倍吉俊
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2010/06/22
- メディア: コミック
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さようなら、ミスター水村
というわけで今回は、紺野キリフキ『キリハラキリコ』(小学館文庫)です。
わけのわからん作品です。以上! 第三部(?)完!
……というわけにもいかないので、ちゃんと感想を書こうかと思います。
本作は謎の作家紺野キリフキが中学生(多分)の女の子キリハラキリコを主人公にして思うままに書いた連作ショートショートといった風情で、最初にも書いたとおり、わけがわかりません。
まず、世界観がわからない。現代日本が舞台なんだろうなあ、という察しはつくものの、《暦屋》なる職業が存在していたり、《嘘の教室》という異空間(のようなもの)があったり、シャワーからそばとそばつゆが出てきたりと、ファンタジックとシュールが入り混じったような、不思議な世界観です。眠った見る夢のような唐突さとわけのわからなさ、という意味ではシュールレアリズムの作品に近いものがあるような、ないような……
全編通してシュールでイノセントで、時々切れ味が鋭い感じで進んでいくのですが、読み進めていくうちになるほどこれらの物語が一冊にまとまっている理由がわかってくるような気がします。
こういう感じの話、といえば安部吉俊『リューシカ・リューシカ』(ガンガンコミックス)を思い浮かべますが、切れ味の鋭さとシュールさで言えばこちらの方が上かな、という感じ。一編一編が短いので、サクサク読書したい方にはお薦めの一冊です
吉田篤弘『なにごともなく、晴天。』
電車が通った。今日も空は、晴れていた。
というわけで今回は、吉田篤弘『なにごともなく、晴天。』(毎日新聞社)です。
クラフトエヴィング商會として活動する吉田篤弘の作品です。クラフトエヴィング商會名義の作品は以前に取り上げましたが、吉田篤弘名義は今回が初めてかな?
本作は取り立てて大きな事件が起こるわけでもなく、センセーショナルな手法がとられているわけでもありません。しかし、心のどこかに残る。そんな作品です。
高架下の商店街、《晴天通り》に暮らす美子が、友人たちと過ごす日常を描いた作品――という紹介をすると、最近流行りの日常系マンガみたいですが、だいたいその認識で間違ってないと思います。
この話の中には、ほんの些細な事件や、小さな謎が転がっていますが、そういうものは誰の日常にも当たり前に転がっているもので、目を留めなければすぐに過ぎ去っていってしまうものなのかもしれません。本作はそうしたささやかだけれど、たしかにそこにあるものにスポットを当てて形にしたもので、のんびりと読書するのにもってこいの一冊です。
吉田篤弘作品はこうした雰囲気とほんの少しのファンタジーを楽しむもので、どれか一冊楽しむことができれば、ほかのどの作品も楽しむことができるでしょう。どの作品から入っても同じように楽しめる作者、というのは案外貴重なのかもしれません。
絲山秋子『豚キムチにジンクスはあるのか~絲的炊事記~』
おひとり様の日常飯、ここにあり
ということで今回は、絲山秋子『豚キムチにジンクスはあるのか~絲的炊事記~』(マガジンハウス)です。
ご存じ(かどうかは知りませんが)、直木賞にもノミネートされたことがある芥川賞作家(両賞にノミネートされたことがある作家は珍しいかと思います。角田光代、島本理生、宮内悠介あたりがそうだったかと)、絲山秋子の料理エッセイです。
このブログでは初登場ですが、僕はこの作家がとても好きで、折に触れて作品を読み返すことにしています。今回もそんな一回です。
本作は料理エッセイとしてはやや異色で、絲山秋子の生活にかなり密着した内容が多いように思います。
とはいえ、冬に冷やし中華を食べたり、夏にブイヤベース(らしきお鍋)を作ってみたり、父親に教わってキッシュを作ってみたりもしていて、内容はバラエティに富んでいると思いますけど。
僕個人の意見ですが、食べ物のエッセイを書くのがうまい作家は作品の外れが少ない、という法則があるんですが、この絲山秋子はその筆頭のような作家です。登場する料理はなんてことのない(言ってしまえば生活感のある)ものが多いのですが、これがまたいちいち美味しそうで。なんというか、こう、想像力に訴えてくるんですよね。
ドラマ『孤独のグルメ』(松重豊主演)もそうですが、『どこからどう見たって美味しいもの』を見せられることによって、受け手の想像力をビンビンに刺激してくるというのがここ最近のトレンドのようにも思います。本作もどちらかといえばその類で、シンプルな文章なのにこれほど想像力を刺激される、というのが本作の魅力かなあ、と思います。
ジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』
- 作者: ジョン・フランクリンバーディン,John Franklin Bardin,浅羽莢子
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 1999/10
- メディア: 単行本
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悪魔に食われろ青尾蠅!
というわけで今回は、ジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』(創元推理文庫)です。
前の読書が詩のような散文のような。なんとも解釈が多様なものだったので、今回は楽に読めるものを……と思っていたのですが、このていたらく(?)ですよ! 今回もずいぶん解釈が難しい本に当たりました。
ところで、僕が読んだのは創元推理文庫版なのですが、貼りつけてあるアマゾンの記事が翔泳社ミステリ版になっているのは、アマゾンのページがこちらのものしかないからです。なんで創元推理文庫版はないんだろ?
ともあれ、感想。
この手の作品をニューロティック・スリラーと分類するらしいのですが、今まで読んだものの中でも飛びぬけて難解でした。時系列が曖昧で、過去と現在と未来を自由に往来するので、読んでいて混乱します。おまけに文章がどこか指摘で、幻想的なせいもあって、夢と現実と時系列が曖昧になってきます。
これはきっと、あれですね。三人称と見せかけたエレンの一人称視点の小説と考えた方がいいかもしれません。読者が無意識のうちにエレンの視点を共有しているからこそ、この酩酊感と迷走感が生まれるのではないかと思います。
後半の展開はやや安直なきらいもありますが、駆け抜けるような速度が印象的で、個人的にはそこまで悪くないのではないかと思います。
そして、なんといってもこのタイトル。
いいですねえ、これ。
初見で興味を引くような強烈なタイトルでありながら、最後まで読むとその深さを理解することができる。こういうところにセンスが表れるんですねえ。