メガネストの読書日記

眼鏡好きのメガネストが、読書日記をつける

小泉喜美子『殺人はお好き?』

 

殺人はお好き? (宝島社文庫)

殺人はお好き? (宝島社文庫)

 

  さよなら、かわいい人!

 

 というわけで今回は、小泉喜美子『殺人はお好き?』(宝島社文庫です。

 夭折した作家の名作、満を持しての復刊、ということで、楽しみにしていた一冊。

 小泉喜美子といえば、死に様がなかなかにエキセントリックで、ともすればそればかりが印象に残りがちですが(たしか、バーの階段から転げ落ちてなくなったんだったと思います。エキセントリックさでは尾崎豊と双璧なんじゃないかと)、作品も名作ぞろいです。そして、本作もそんな、名作のうち一つである、というわけです。

 

 さて、感想。

 ハードボイルドモノ、というとチャンドラーみたいなゴリゴリのやつと、本作のような、ややコメディタッチな作品とに分かれますが、僕は後者しか読んだことがないです。以前感想を書いたジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 も、後者寄りの作品だと思いますし。

 本作はアメリカの私立探偵ロガートがかつての上司であるブランドンの依頼を受けて、日本を訪れるところから始まります。そこから基本的には『ハードボイルドってこういう感じでしょ?』という流れを辿って、その通りに決着するんですが、それがいい。

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 もう一度、声を大にして言います。

 

 だ が 、 そ れ が い い 

 

 本の感想なんかを述べるときに『結末がわかってしまった』などと書く人がいますが、それは感想じゃないですよねって声を大にして言いたいです。

 本作のようなハードボイルドは、驚愕の結末を求めて読む物ではなく、主人公が大ピンチに陥り、それをかいくぐって大団円を迎える、というある種では水戸黄門的な流れを楽しむものなので、結末などありきたりでいいわけです。本書はその典型のような話で、ハードボイルドかくあるべし、という展開を楽しむのがいいと思います。

 ところで、本作はほぼ半世紀前の作品なのですが、まったくそれを感じさせませんね。まさかそんなことはないと思いますが、作者がいつ、何時(例えば今の僕のように世紀をまたいだ時代で)読まれてもいいような書き方をしているのだとすれば、その目論見は大成功している、と言えるでしょう。それだけに夭折が惜しまれるところ。

 

 幻の名作、という帯に偽りなしの作品でした。おすすめです

 

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ジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 - メガネストの読書日記

山口遼『ジュエリーの世界史』

 

ジュエリーの世界史 (新潮文庫)

ジュエリーの世界史 (新潮文庫)

 

  宝石の美しさは、そこに流れる時間の美しさである

 

 というわけで今回は、山口遼『ジュエリーの世界史』(新潮文庫です。

 ええと……なんで買ったんだったかな、この本は。たまたま書店に出かけたときに新刊で並んでいて、それで興味を惹かれたんだったと思います。少なくとも計画的に購入したわけではないのはたしか。

 この本、元は昭和六二年に発売されたものらしいんですが、どうしてほぼ三十年後の今になって文庫になったのか……まあ、文庫になったおかげで僕が手に取ることができたわけですが(^^;)

 

 本書はタイトルの通り、人類がジュエリー(一般的には『宝石』くらいの意味合いで使われることが多いですが、本書ではもう少し広く『装身具』という意味合いで使われています)とともに歩んできた今日までの道程を、駆け足ではありますが解説しています。カルティエティファニーなど、この世界を語るうえで外せない人物はもちろんのこと、ジュエリーのそもそもの成り立ちや今日の意味と役割など、語られる切り口は多岐にわたります。筆者の山口遼曰く、「日本にはジュエリーに関する本は少ない」ということなので、本書はそういう意味でも大きな意義を持っていると言えるかもしれません。

 また、巻末には『正しい宝石の買い方、教えます』と題されたエッセイ(少なくとも僕の認識では、そうです)が収録されていて、我々がジュエリーを購入する際に気をつけるべきことが(ある意味で)赤裸々に綴られています。この部分だけでも本書を買って読む価値があるのではないでしょうか。

 読んでいて感じたのは、宝石に携わる仕事というのは、ほかの仕事と比べると趣味的な部分(宝石を愛していなければならない、というのはまさにそう)が大きく、愛情とか義理人情に欠けている人間では勤まらないものなのだな、ということと、ガチのお金持ち凄すぎじゃないですかーやだーということです。

 資料的にも面白いと思いますが、単純に読み物としても興味深い一冊でした。

こだま『夫のちんぽが入らない』

 

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

  夫のちんぽが入らない

 

 ということで今回は、こだま『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)です。

 方々で話題になった作品が、満を持して刊行されました。

 僕がこの本を知ったのはいつだったか……ちょっと記憶が曖昧ですが、昨年の十月くらいだったかと思います。その時点で購入を決め、そして買ってすぐに読んでみたわけですが――

 内容はいたってシンプルで、タイトルの通りです。セックスすることができない二人の、二十年という月日を綴った物語です。

 文章は静かに並んでいて、どこか他人事のようにも感じるのですが、その距離の置き方とか感情の形がおそろしくリアルに息づいていて、読んでいると当たり前のように現実感が自分の中に根付いていくのがわかります。

 男と女でなく、一人と一人が肩を寄せて生きていく様子が、たった200ページ足らずに込められています。

 文章のリズムは決してよくないのですが、文章に瑕疵がないのと、作者が自分の中でこの問題をしっかりとらえているように思えるのとで、ぐいぐい読ませます。なんとなく、読者層としては女性を狙っているように思うのですが、なにか少しでも不安があったり、人に言いづらい悩みを抱えたりしている人に読んでほしいと思いました。

綾辻行人『どんどん橋、落ちた』

 

  読者(あなた)に挑戦する、五つの謎

 

 というわけで今回は、綾辻行人『どんどん橋、落ちた』(講談社文庫)です。

 綾辻……じゃないですね。以前『Another』 (角川文庫)を読んでいました。本作で二冊目、ということになるかと思います(記憶違いがあるかもしれませんが……(^^;))。

 本作のタイトルはまあ、この歌


♬ロンドン橋/London Bridge Is Falling Down【英語のうた/English song】

のもじりなんですけれど、僕の世代だともう、この歌ってあんまりなじみがないんですよね。まあでも、『橋が落ちる』といえばまずこの歌が思い浮かぶかなあ、とは思います(そんな物騒な歌、そうそうないと思いますが……)。

 ともあれ、感想に行きたいと思います。本作は連作短編集になりますので、感想は個別に。

 

・『どんどん橋、落ちた』

 表題作ですね。面白かったですが、犯人当てが当たらなかったのが残念。

 作中で色々言っていますが、個人的にはぎりぎりアンフェアかな、と思います。というか、僕がこの可能性を除外した要素がある場所に書かれていたのです。これがなければフェアかな、とも思うのですが……

 

・『ぼうぼう森、燃えた』

 タイトルからもわかる通り、『どんどん橋、落ちた』の亜種ともいえる作品で、冒頭の注意書きに従って順番に読んでいれば、おそらく本作の犯人当ては難しくないでしょう。僕も犯人はわかりました。

 犯人当てかくあるべし(異論はあると思いますが……)という感じの構成で、個人的には楽しめました。

 

・『フェラーリは見ていた』

 この短編集の中では、ちょっと異色な話。っていうか、犯人当てじゃないですよね。犯人当てというシステムを利用して、そういう遊びを皮肉っている内容は、ちょっとおもしろかったです。

 ただまあ、タイトルはなにか別のもののほうがいいようにも思いますが……

 

・『伊園家の崩壊』

 登場人物名でニヤニヤする話(というか、本作に所収されている作品はそんなのばかりですが、これはその最たるものかと)。

 これも僕は途中で犯人に気付いたのですが、なんというかこう、論理的に考えていけばしっかりと解答にたどり着くことのできる仕様はやっぱりいいですね。

 

・『意外な犯人』

 これ、刊行当時に読みたかったなあ……

 というのも、僕は作中で使用されているギミックを以前に読んでいる (ネタバレになるので覚悟してリンクを踏んでください)ので、それを知らないままに読みたかったなあ、と。

 しかしながら、犯人当てとして提示された条件のおかげで、謎解き自体は楽しんだので、そこはさしたる問題でもないのかな、とも思います。結局のところこの作品は犯人当てで、犯人を当てるためだけにすべての要素が存在しているのですから。

 

 という感じ。

 もちろん、犯人当てというジャンル自体は知っていたわけですが、実のところちゃんと触れるのはこれが初めてだったりします。そして、最初に触れた犯人当てがこの作品でよかった、とも感じました。

 読んでいて感じたのは、この形式はメタ的な発言と非常に相性がいいのだなあ、ということです。というか、この形式だとメタ発言も当たり前に受け入れられるというか……不思議なものです。

f:id:mahiro_megane:20170220173338j:plainメタ発言の一例

 たとえばこの本で綾辻行人デビューをする、という方にはぜひとも一度手を止めていただいて、ほかの作品に触れてから読んでいただきたいと思うのですが、こういう変化球的な作品もたまにはいいと思うのです。

『ミステリーズ!』vol.81感想(泡坂妻夫『酔象秘曲』)

 

ミステリーズ!  vol.81

ミステリーズ! vol.81

 

  ここまでおおよそ百の本の感想を書いてきたと思うんですが、ここらで少し趣向を変えてみようかな、と思うのです。

 というわけで今回は、今月発売したミステリーズ!』の81号について感想を書きたいと思います。

 

 僕は普段、雑誌をあまり買わないのですが、今回はさる理由から本誌を購入することにしました。というのも、泡坂妻夫(大好き)の未発表短編が一挙掲載されるとのことで、これは買わねば! と思い立った次第。

 で、買うことを決めたのはいいのですが、この雑誌、僕の地元には全然置いてませんでした。それなりに大きな本屋を五、六軒回ったんですが、全然見つけられず……結局所用で出た際に購入いたしました。

 

 という話はさておき、感想でも。

やったー!!

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泡坂妻夫の短編『酔象秘曲』を読むことができた感想は、とりあえずこれに尽きるでしょう。

 未発表短編を構想ノートから発掘される、というのが作者的にどうなの、という気は少ししますが(帰宅したら隠していたはずのエッチな本が机の上に並べられていた時のような気持ちでしょうか)、やはり読者としてはうれしいもの。僕も当然、嬉しいです

 本作は泡坂妻夫の構想ノートから田中正幸が文字起こしをして掲載に至ったものだそうですが、その苦心に見合ったものが読めるかと思います。しかし、犯人の動機に関しては似た話をどこかで読んだことがあるような……まあ、この話で重要なのは動機ではないので、そこはどうでもいい気もします。

 タイトルにもなっている『酔象』というのは、その昔楽しまれていた大将棋で用いる駒で、真後ろに動かすことができない(詳しくは図を参照してください)駒で、本作はその駒を用いた酔象将棋を楽しんでいた面々が、ある旅館に集まったことから始まります。

f:id:mahiro_megane:20170219184518j:plain酔象の動き方

 状況はともかく、論理の組み立てにやや無理がある感じもしますが、とにかく雰囲気がいい。読んだあとに素晴らしい満足感がありました。

 なお、本作は長編として形になる構想もあったようですが、そちらが果たしてどのような作品になっていたのか……いろいろ想像してしまいます。

 

 なお、本誌には米澤穂信福岡県大刀洗市で行った公演の模様もレポートとしてまとめられていて、個人的にはありがたかったです。

エリザベス・ギルバート『食べて、祈って、恋をして』

 

食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)

食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 (RHブックス・プラス)

 

 旅の果てには、いったい何があるのか。

 

 というわけで今回は、エリザベス・ギルバート『食べて、祈って、恋をして』(RHブックス・プラス)です。 

 今、世界で最も短編のうまい作家ともいわれるエリザベス・ギルバートが、ある理由から一年をかけてイタリア、インド、インドネシアを旅してまわった記録が、本書となります。エッセイというか、紀行文というか、そんな感じのものだと思えばいいでしょう。

 本書はタイトルの通り、第一部のイタリア編では食べて、第二部のインド編では祈り、そして第三部のインドネシア編では恋をするという構成になっていて、個人的には第一部の内容に重きを置いていたので、ちょっと期待したのとは違った感じ。

 内容ですが、エリザベス・ギルバートの宗教観やスピリチュアルなものに対する考え方が比較的はっきり出ていて、良くも悪くも日本人にはあまり書けないような内容だなあ、という感じ。

 ただ、それだけに面白く読むことができましたし、ある事柄が破壊され、再生していく様を精緻に描き出していたようにも思います。

 そして、特筆すべきは文章でしょう。エッセイとはいえ随所にセンスを感じる文章がちりばめられていて、読んでいて非常に面白い。エッセイとしてはかなりボリュームがあって、気軽な読書とはいかないかもしれませんが、ぜひとも一度読んでほしい本です。

ジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

 

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

 

  なんにも残らなかった、人生だった

 

 というわけで今回は、ジェームス・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(新潮文庫です。

 

 本格ハードボイルドの名作ですが、読むのは今回が初めてです。というか、ハードボイルドについて僕は全然明るくないので、期待と不安の入り混じった読書になったわけですが――。

 

 感想ですが、面白かったです。「ハードボイルドってこんな感じ」と想像するところを、まっすぐに走っていくというか、これをまず最初に読んでおけば、ハードボイルドというジャンルについておおよそ理解することができるような、そういう作品だと感じます。

 ただ、なにぶん一世紀近くも前の作品なので(発表は1934年)、古めかしさはあります。ただし物語自体に古さは感じられず、今でもさほど違和感なく読むことができると思います。

 ところで、僕が持っているのは昭和38年発行の版なのですが、さすがに訳文が古くて読みにくかったです。カリフォルニアがキャリフォニアと訳されていたり、登場人物に『吾輩』という一人称を普通に使う男がいたりと、そういう部分での戸惑いはありました。現行の版ではどうなっているのでしょうか。

 

 

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