泡坂妻夫『妖盗S79号』
というわけで今回は、泡坂妻夫『妖盗S79号』(河出文庫)です。
このブログの150件目の記事は、この本と相成りました。別にめでたくもないですが。
長らく入手困難だった本作ですが、先月めでたく復刊されまして。それで僕も手に取ることができたという次第。
本作は刑事の東郷と二宮が稀代の怪盗S79号を追いかけていく……という話なんですが、完全にコメディですね。僕は大好きですよ、こういうの。
コメディとは言いつつもミステリの部分はしっかりとしていて、そういう屋台骨の部分がたしかであるからこそ、この作品のコメディタッチな部分がより強調されているように思います。どんな物語を書くにしても、土台はしっかりとさせておかなければならないってことですね。
好みだったのは第三話の『サファイアの空』、第六話の『メビウス美術館』、第九話の『南畝の幽霊』あたりですかね。
本作の優れている点としては、コメディの中に物語全体の伏線をさりげなく潜ませているところで、短編一つだけ取り出してもよし、全体を通して読んでもよしという、一粒で二度おいしい側面も持ち合わせているのです。
また、本作はコメディのツボを的確に押さえているので、ドラマとかアニメにするのにも向いているのではないか、と思います。っていうか、してください。
貫井徳郎『光と影の誘惑』
ということで今回は、貫井徳郎『光と影の誘惑』(集英社文庫)です。
本作は短編集なので、まずは各話の感想から。
・『長く孤独な誘拐』
いやあ、鬱な話でした。個人的にはこういう話は苦手なんですが、構成はうまかったです。ただ、やや伏線に乏しい部分がある気もします。
・『二十四羽の目撃者』
好みの話でした。舞台設定と語り口が好みなのもそうなんですが、謎を少しづつ詰めていく過程が好みでした。
・『光と影の誘惑』
これも好みです。完成度の高い短編かと思います。伏線の張りかた、物語の締めかた、結末の開示の仕方、いろんな人がイメージする貫井徳郎の形がここに凝縮されていると思います。
・『我が母の教えたまいし歌』
これは……ねえ。正直なところ、僕はネタがわかっちゃったんですよね。しかもかなり早い段階で。実際問題としてその仕掛け一発勝負の話なので、楽しさが八割減のまま読み進めました。
何が悲しいって、予想した結末そのままだったってことです。ほんと悲しい。
まあでも、ラストは好きです。この一文で終わる、というのは好みでしたね。
という感じ。三作目まではクオリティが高くて満足でしたが、最後の一作がね……
誤解のなきよう言っておきたいのですが、最後の『我が母の教えたまいし歌』は完成度が低いというわけではないのです。ただ、前にこの表題作があってからの、これというのは……
収録順が違っていれば……という思いが強いですね、正直。
ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』
というわけで今回はヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』(創元推理文庫)です。
マクロイは二冊目なんですが、今回も面白かったです。
タイトルの《幽霊の2/3》というのは簡単なゲームの名前なんですが(僕は寡聞にして知りませんでしたが)、そのゲームの最中に高名な作家が毒殺されます。
犯人は誰なのか? そして、いかにして被害者に毒を盛ったのか? というところから話がスタートして、物語は意外な方向に発展していきます。
起点の謎、それ自体が魅力的でいかなる解決を見るのか気になるのに、その先がしっかりと用意されているのが嬉しいですね。起点の謎はあくまでも入り口、その先に本作の縦軸ともいえる大きな謎が横たわっていて、ページをめくる手が止まりません。文章のリーダビリティは高いとは言えないと思うのですが、魅力的な謎と物語の展開力でぐいぐい読ませてくれます。みんな、マクロイを読もう。
飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』
というわけで、今回は、飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』(創元推理文庫)です。
初、飛鳥部勝則です。
飛鳥部勝則といえば、お値段的に入手難易度が高い本が多い印象ですが、本作はお手頃価格でアマゾンにあるのでご安心を(笑)
内容としては、ある一人の画家を追いかけていくうちに過去の殺人事件について知っていくこととなり……という感じですが、完全に僕好みの作品でしたね。
画家、東条寺桂の絵を読み解いていくパートがあるんですが、そこで用いられる図象学を少しだけ齧ったことがある、ということもあって、このあたりは特に興味深く読みました。
個人的には解決編が好みで、東条寺桂の絵画に込められた真の言葉を開示され、事件がたたまれてラストシーンへと向かっていく流れが最高でした。
北村薫『六の宮の姫君』
というわけで今回は、北村薫『六の宮の姫君』(創元推理文庫)です。
《円紫師匠と私》シリーズの四冊目ですが、このシリーズを読むのも随分久しぶりですね。前に読んだのは去年の……ええっと、いつだったっけ(健忘症)。
それはともかくとして、今回は「最近骨太なミステリばっかり読んでるから、ちょっと息抜き的に読めるものにしよう」と思って本書を手に取ったんですが、全然息抜きにならなかったです。骨太でした。このシリーズだったら日常の謎だし、気軽にいけると思ったんです……浅はかでした。っていうか、三冊目の『秋の花』の時点で、日常の謎からは脱却していたわけですが、それはすっかり忘れていました。
で、内容なんですが、芥川龍之介『六の宮の姫君』にまつわる謎を追いかけていく、という、これまでとはやや趣が違うものとなっております。これをミステリとするかは結構意見の分かれるところかと思いますが、個人的にはミステリというよりも、文学論を小説にしてみた、という風情の作品だと感じました。
序盤は『六の宮の姫君』論が展開され、人によってはやや退屈に感じるところだと思いますが、ここでしっかりと概要を示しておくことによって、物語の土台をしっかりと構築しているように思います。
そうして前半で舞台を整えてからの、後半の展開はスピーディーで、特に円紫師匠が登場してからはいよいいこのシリーズらしい雰囲気になってきます。そう考えると視点の主はあくまでも「私」であるにもかかわらず、このシリーズの主軸は円紫師匠に置かれていて、円紫師匠の立ち位置はまさに真打という感じですね。
エラリイ・クイーン『Xの悲劇』
- 作者: エラリー・クイーン,越前敏弥
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2009/01/24
- メディア: 文庫
- 購入: 4人 クリック: 19回
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というわけで今回は、エラリイ・クイーン『Xの悲劇』(角川文庫)です。
満を持して、という感じで、初クイーンです。
読み始めるのであれば本作からがいい、という話を聞いて手に取ったわけですが、いやー、すごかったですね。
第一幕の印象的な導入からの、第二幕の鮮やかな引き。そして第三幕のロジックのパワープレイとでもいうべき圧倒的な質量。どこをとっても良かったですねえ。
主軸となっている事件は、言ってしまえば地味だと感じてしまう部分もあるんですが、それだけに奥行きの拡げ方が神がかっているように思います。かすかな手がかりから事件が急速な広がりを見せ、大きく展開していく様は美しくすらあります。
そうした一面に一役買っているのが、レーンをはじめとした登場人物の面々でしょう。登場人物のキャラクターが立っていて、よく動き回る。これが物語にとって一等大切なことであるということを、本作を読んでいると改めて実感させられます。
山田風太郎『妖異金瓶梅』
というわけで、連続投稿です。山田風太郎『妖異金瓶梅』(角川文庫)。
初、山田風太郎です。
かねてより本作を初山風にしようと考えていて、この度めでたくその願望が叶うことと相成りました。それだけに期待値も高かったのですが……
最 高 か よ。
いやー、もうね、すごかったですね。なにこれ?
中国四大奇書の一つ『金瓶梅』を山田風太郎が換骨奪胎したのが本作ですが、これはちょっとすごいですね。言葉が出てきません。
内容としては結構なエログロなので、人を選ぶかと思います。そういうのが苦手な人はスルー推奨なのですが、それ以外の人にはぜひとも読んでいただきたいですね、これは。
本格ミステリのエッセンスを用いて、中国の奇書を再構成する筆力、魅力的な謎の提示、そこからの解決。どこをとっても魅力にあふれています。
角川文庫版はずいぶん分厚いですが、その分厚さに見合うだけの価値は確実にあります。