メガネストの読書日記

眼鏡好きのメガネストが、読書日記をつける

加納朋子『ななつのこ』

 

 というわけで今回は、加納朋子ななつのこ』(創元推理文庫)です。

点数:8/10点

 

 実は加納朋子でした。最近そんなんばっかやな。

 本作は連作短編集なので、個別に感想をば。

 

『スイカジュースの涙』

 後味悪い話ですね……作中の話も、この話も、ですが。

 全然関係ないですが、最近はたまに見かけますね、スイカジュース。スムージーみたいなやつですけど。

 僕がスイカジュースなるものを初めて見かけたのは、『おそ松くん』だったと思います。

 

『モヤイの鼠』

 うーん、という感じ。オーナーはともかくとして、駒子やたまちゃんは気付きそうなもんですが……逆に、気が付かないのなら違和感すらなさそうなものなんですが……実際どうなんでしょうね。

 

『一枚の写真』

 僕はこれが好みでした。写真が消えた理由も、その写真がどんな写真だったのか、駒子が思い出せない理由もシンプルで、しかしそれゆえに読者の心にすとんと落ちるものだと感じました。

 

『バス・ストップで』

 これも面白かったですね。

 謎自体はわかりやすいと思うんですが、解決編(というほど長くはないですが)が好みでした。僕はこういう、読後感のいい作品が基本的には好きなのです。

 

『一万二千年後のヴェガ』

 これも心温まる話ですね。しかし、あの手紙のやり取りは……多分作者もあからさまにすべくそう書いているのでしょうけど。

 

『白いタンポポ

 これ、いいですねえ。謎そのものよりも、話が僕好みでした。

 

ななつのこ

 表題作にして、総まとめ。いい最終回でした(?)

 

 という感じです。

 全編通して共通しているのは、解答以外の可能性をひたすらロジカルに潰している、という点で、この手法が小気味よいのが読み味のよさになっていると感じました。また、後半に向かうにつれて物語の後味がだんだんよくなっていき、読後感はとても爽やかなものになっているのではないかと思います。ちょっと疲れたときに読みたい一冊

倉坂鬼一郎『新世界崩壊』

 

新世界崩壊 (講談社ノベルス)

新世界崩壊 (講談社ノベルス)

 

  というわけで今回は、倉坂鬼一郎『新世界崩壊』(講談社ノベルス)です。

点数:7/10点

 

 初、倉坂鬼一郎ですね。実は割と気になっていたんですが(時代小説の人、というイメージだった)、とあるところで本書を薦められたので、それなら、と初手に選ぶことにしました。

 感想なんですが、これぞバカミス、という感じですね。

 僕の思うバカミスというのは、

・トリックは割と笑えるレベルでばかばかしい(誉め言葉)

・それを成立させるために技巧の限りを尽くしている

・そのトリックを使いたいがために微妙におかしな部分が出てくる

 という条件を満たした作品(最後は割とどうでもいいですが)なのですが、本作はこれらを満たしていたように思います。

 メインのトリック自体はまあ、すぐに「これだな」と思いつく類のものだったと思うんですが本書で取り上げたいのは、別の部分なのです。

 ネタバレになるので反転しますが、ノベルスに多い二段組みという段組みを利用して、上階と下階の話を同時進行させたり、行間の空白を利用して、フードエレベーターで移動したことを表現したりだとか、普通は思いつかないでしょ。いったいどんなタイミングでそれを思いついたのか、ちょっと聞いてみたい気もしますね。

 そういう部分もそうですが、作中で明かされる布石もさりげなく、しかし気付いてみればあからさまに置いてあるというのも作者の技量の大きさを感じさせます。

 ただ、殺された被害者が地下のレストランに卸されて、ステーキとして提供されている(ネタバレなので反転)という点に関しては、あまりにもわかりやすく、そこからこの本の構造自体も芋づる式に気付いてしまう可能性があるんじゃないか、と感じました。

ウィリアム・モール『ハマースミスのうじ虫』

 

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)

 

というわけで今回は、ウィリアム・モール『ハマースミスのうじ虫』(創元推理文庫です。 

点数:7.5/10点

 

 長い間積んでましたね、これ。

 ちょっと僕の周囲で創元推理文庫の背表紙の色について話題になったことがあって、そのときにちょっと書名が上がったので、じゃあ読もうかな、と思い引っ張り出してきました。

 本書はミステリというよりはサスペンスやハードボイルド感が強く、様々な人を苦しめてきた謎の男《バゴット》を風変わりな男キャソンが追い詰めていくというのがメインストーリーになります。

 正直なところ、割と人を選ぶ話かな、というのが僕の感想です。キャソンが絶対的な正義、という立ち位置で、《バゴット》を追い詰めるためには手段を選ばないあたりに、不快感を覚える方もいるかもしれません。

 個人的にはそこは大きな問題ではなく(実際、《バゴット》は、罰せられるだけのことをしていますし、彼を罰するためには手段は選べなかったとも感じます)、最後に言い訳のように読後感を良くしようとした点にあると考えます。

 作中で、キャソン《バゴット》とある約束を交わします。それの扱いが個人的にはまったく納得がいかなかった、というのが本作の個人的な評価を下げた大きな要因でした。なんとなく、それまでキャソンが作中で取っていた『正義』のスタンスが、これでぶれてしまったように思われたのです。その一点が残念ではありましたが、本作はゆっくりと、しかし確実に《バゴット》を追いつめていくスタイルが、イギリスのどこか灰色が買った雰囲気にマッチしていて、とてもよかったように感じます。

絲山秋子『忘れられたワルツ』

 

忘れられたワルツ (河出文庫)

忘れられたワルツ (河出文庫)

 
海の仙人 (新潮文庫)

海の仙人 (新潮文庫)

 
逃亡くそたわけ (講談社文庫)

逃亡くそたわけ (講談社文庫)

 

   というわけで今回は、絲山秋子『忘れられたワルツ』(河出文庫です。

 

点数:8/10点

 

 好きなんですよね、絲山秋子。僕にしては珍しく、著作はほぼ持っているのではないでしょうか(読んでいるとは言ってない)。

 今回は短編集なので、それぞれ感想を書いていこうと思います。

 

『恋愛雑用論』

 冒頭の一文が、けだし名言と思います。そうだよなあ、恋愛は雑用なんだよ。

 

『強震モニタ走馬燈

 こういう雰囲気は、なんとなくあの日以来誰の心にもあるのかな、と思います。あの日はそれだけ鮮烈で、衝撃的でした。

 

『葬式とオーロラ』

 これ、いいですねえ。どこか幻想的で、それでいて妙に地に足の着いたような……作者らしい短編だと思います。

 

ニイタカヤマノボレ

 この短編集ではこれが一番好みでした。『海の仙人』(大好き)を思わせるガジェット群、登場する人物たち、どれをとっても好みでした。

 

『NR』

 都市伝説の『きさらぎ駅』を思い起こさせる、不可思議な短編ですが、僕はとても好きですね。絲山流都市伝説といった風情。

 

『忘れられたワルツ』

 表題作ですが、なにこれ……こわい。

 一日一編ずつ読んでいたのでこのラストにとても驚いたのですが、この前にある『NR』が一応ワンクッションになっているんですね。

 改めて読んでみると、恐ろしさよりも悲しさや切なさがずっと胸に残る気がします。

 

『神と増田喜十郎』

 ラスト。それだけに読後感はいいですね。『逃亡くそたわけ』を思い出します。

 

 という感じ。

 本作はつい先ごろ七年前の出来事となった、東日本大震災の前後に発表された作品をまとめた短編集になります。作中にもそれを想起させる『あの日』という表現が出てきていて、それぞれの登場人物が『あの日』と、『あの日』以降について考えるような内容になっています。

 たった一つのテーマからこれだけ多様な作品を生み出す創造性は見事の一言で、とりあえず絲山秋子を読みたい、という人には本書を手に取ってもらいたいですね。絶対に好みの作品が見つかるはず(底抜けに楽しい作品が読みたい、という人は別ですが、そもそもそういう人には本書を薦めません)。

多和田葉子『言葉と歩く日記』

 

言葉と歩く日記 (岩波新書)

言葉と歩く日記 (岩波新書)

 

 というわけで今回は、多和田葉子『言葉と歩く日記』(岩波新書です。

点数:6/10点

 いや~、新書、久しぶりに読みましたね。

 

 本作は『犬婿入り』で芥川賞を受賞し、ドイツにてドイツ語で文学を著す著者(もちろん、日本語の著書も多数あります)が、日本語とは、ドイツ語とは、ということを考えながらつづった日記です。

 基本的には、日本語表現とドイツ語表現の差異と、それぞれが現代的に変遷していくことについて著者の思うことを日記にして綴ってあるのですが、なかなか興味深いですね。

 作家、という職業柄かもしれませんが、著者は常に言葉について考えを巡らせています。ただ、僕たちも日常的に(無意識であることが多いでしょうが)言葉について考え、それを扱っているわけで。深く考えたことのない疑問の答えが、もしかしたらここにあるかもしれません。

 帯の惹句に『言葉と歩くことは可能なのだ』という文言がありますが、まさにその通りで、言語を話し、文字を書くということは、言葉と寄り添い、歩いていくことなのかもしれません。それを無意識のうちにしているのが我々人間であり、言葉と歩くということなのではないかと感じました。

ドット・ハチソン『蝶のいた庭』

 

蝶のいた庭 (創元推理文庫)

蝶のいた庭 (創元推理文庫)

 

 というわけで今回は、ドット・ハチソン『蝶のいた庭』(創元推理文庫です。

点数:7.5/10点

 僕がこの本を手に取ったのは、表紙のデザインがとても目を惹くものだったからです。いいですねえ、この表紙。どんな内容なのか、想像をかき立てられる素敵なデザインですねえ。

 で、内容なんですが、こちらもとてもよかったです。ミステリ、というよりはサスペンスと幻想小説の間にあるような本作ですが、僕はとても好みでしたね。ただ、結構好みは分かれそう。誰かの偏愛作品にすっと収まりそうですね、これ。

 全体を通して不穏な空気が漂い、縦軸を貫く本筋の謎(と言っていいかはわかりませんが、最初に提示されたものが、最後に解決されるのでそう呼ぶことにします)が少しずつ開示されていく様子が、恐ろしいけれど読むのをやめられない、という感覚につながっていくのだろうと思います。

 また、ラストもとても読み味がよく、それが本作の評価を高めている一因ではないかと思います。こうした内容の物語であるにもかかわらず、読後感をいいものに仕上げることによって、その対比で双方がより際立っているように思います。

日影丈吉『内部の真実』

 

内部の真実 (創元推理文庫)

内部の真実 (創元推理文庫)

 

というわけで今回は、日影丈吉『内部の真実』(創元推理文庫です。 

点数:8.5/10点

本作の評判はずいぶん前から耳にしていて、「読みたいなあ」と考えているうちに復刊されたので歓喜しております。

 で、感想なんですが、噂にたがわぬ傑作でしたね。

 一つ前の記事の『怒りの菩薩』と同じく、台湾が舞台となっていますが、こちらは終戦直前ですね。ですから本作→『怒りの菩薩』という順で読むと、より深く感じるものもあるかと思います(僕は逆順で読みました)。

 内容としてはシンプルなものなのですが、そこに様々な人物の思惑や不可解な行動が絡んできて、一枚の精緻な絵を描き出していきます。ネタバレになるのでリンクを踏むときは気をつけてほしいのですが、東野圭吾の人気シリーズの某作品を思い出しました。二つの作品にはほぼ半世紀の時間的な隔たりがあるわけですが、いつの時代も根底に流れているものは変わらない、ということなのかもしれません。