キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』
それでも素晴らしいことなのよ、霧を渡るということは
というわけで今回は、キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』(創元SF文庫)です。
初顔の作家ですね(というか、初訳らしいです)。タイトルが素敵だったのと、帯の『人間を寄せつけぬ謎の大河に初めての橋を架ける』という惹句が気に入ったので、本屋で購入してきました。
っていうか、ここに来て初めて海外の作家を紹介するんですね。意外!
というわけで、感想。本作は短編集なので、それぞれの作品ごとに感想を書いていこうかと思います。
・『26モンキーズ、そして時の裂け目』
こんにちは、キジ・ジョンソンです、といった風情の作品。
作品に漂うもの悲しいような喪失感と、どこか温かな読後感が共存する作品で、これがキジ・ジョンソンという書き手のスタイルです、という感じの一作。正直好みです。
・『スパー』
↑であんなこと言ってますが、すまんありゃ嘘だった。
……というか、この作品がずいぶん例外的なもののような気もしますが。
たとえばあらゆるものがなくなってしまったとしても、セックスだけはできる、みたいな話なのかな、とも思います。あるいは、人間から色々なものをどんどん削っていって、最後に残るのはセックスである、という話なのかもしれません。読んだ人の数だけ解釈がありそう。
・『水の名前』
自分の携帯電話から聞こえてきた水の音が、一体どんな水の音なのか、と考える話。その先は未来へつながっているのか、あるいは過去か、それともすぐ近くなのか。
・『噛みつき猫』
SFというよりはファンタジィのような風情の作品。離婚しそうな両親に対する、セアラの尖った感情を、噛みつき猫という生き物に投影しているのかな。
ところで全然関係ないんですが、タイトルを見た瞬間に『あずまんが大王』の猫
←こいつです。
を思い出しました。
・『シュレディンガーの娼館』
あらゆるものが揺らいでいて、《娼館》という定義のみがたしかな場所の物語。
正直なところ、『シュレディンガーの猫』というものについてかなりあいまいな理解をしていたのですが、本作を読んでどこか腑に落ちた印象。
・『陳亭、死者の国』
若い妻と、死期の近付いた夫が死者の国について考える話。
なんとなく、夫婦は同じ考えを共有していなければならない、というような風潮がありますが(そして僕は割と、そのことに肯定的ですが)、案外違う考えを持っていてもいいのではないかな、と思いました。
・『蜂蜜の川の流れる先で』
本作の中で一番お気に入りの作品。
蜂蜜の川がリンナにとってのサムの死を暗示しているのかなー、と思いました。その先に会ったあの場所は、つまり……
・『ストーリー・キット』
正直なところ、よくわかりませんでした。
よくわからないまま話が進んでいって、そのまま終わった印象。作品と作者がリンクりているのはわかるのですが……
・『ポニー』
初見で『マイリトルポニー』っぽいな、と思ったら、それを下敷きにして書かれた作品なのだそうな。
冒頭の雰囲気とは裏腹な容赦のなさに、「ええ……」となった作品。
・『霧に橋を架ける』
表題作で、唯一の中編。面白かったです。
橋を架けるまでの描写が細かく書かれているせいか、SFと『プロジェクトX』を足したような、不思議な雰囲気に仕上がっていました。
橋を架けたあとに一体なにが残るか。あるいは、なにが生まれるか。作中ではそういう問いかけが登場しますが、これは現実でも付きまとってくる問題かな、と思います。ある出来事があって、そこからなにを失うか、あるいはなにが生まれるか。僕たちはずっと、そういう問いかけとともに生きていくのかもしれません。
・『《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語』
人間の身勝手さを描いた、と書いてしまうと非常に陳腐な作品であるように感じられますが、持ち込まれたSFの要素によって、苦みのあるシニカルな作品に仕上がっているように思います。
というわけで、それぞれの作品の感想を書いてみたわけですけど、全体としては非常によかったかな、と。いいSF探してます、というそこにあなたにおすすめな一冊。