森博嗣『χの悲劇』
香港のトラムの中から、この神話は転換する
というわけで今回は、森博嗣『χの悲劇』(講談社ノベルス)です。
《Gシリーズ》の最新刊にして、転換点となったこの作品ですが、今回もよかったですね。三冊前の『目薬αで殺菌します』(講談社ノベルス)あたりからミステリというよりはサスペンスの雰囲気が強くなってきたように思いますが、今回もずいぶんサスペンス色が強い作品でした。メインのトリック自体は目を瞠るほどではなく、僕自身も「まあ、そうだろうな」とあたりをつけていたものでした(読了済みの方の六割くらいはそう思うのではないでしょうか)。重要なのはそこではなく、過去シリーズにも登場していて、今回の主人公(という言い方が適切かどうかはともかく、メイン視点の人物)である島田文子が、ここでまたこの物語に大きく関わってきたということが重要なのかな、と感じました。伏線もちゃんとあったしね。
今回の『χの悲劇』では、これまでのシリーズでは見られなかった特徴がはっきりと出てきました。作中時間の進み方です。
もちろん意識してのことでしょうが、《Gシリーズ》は前シリーズの《S&Мシリーズ》や《Vシリーズ》では、作中時間がそれほど進まなかったのですが(もちろん、例外もありますけれど)、今回は時間が容赦なく流れていくように思います。前作『キウイγは時計仕掛け』(講談社ノベルス)で作中の時間が年単位でいきなり進んで驚いたものですが、今回はもっと大胆に時間が経過しましたね(多分、二、三十年くらいと思いますが)。
次巻の『ψの悲劇』(書名だけはすでに公開されているのです)ではさらに時間が進むのか、あるいは戻るのかはわかりませんが、このシリーズではなんとなく、時間の経過、それ自体に意味などまったくないのだと言われているようにも思います。っていうか、このシリーズが始まったのってアテネオリンピックのころだしね。今確認してびっくりしたわ。そのころ、なにしてたっけなあ……