日影丈吉『内部の真実』
というわけで今回は、日影丈吉『内部の真実』(創元推理文庫)です。
点数:8.5/10点
本作の評判はずいぶん前から耳にしていて、「読みたいなあ」と考えているうちに復刊されたので歓喜しております。
で、感想なんですが、噂にたがわぬ傑作でしたね。
一つ前の記事の『怒りの菩薩』と同じく、台湾が舞台となっていますが、こちらは終戦直前ですね。ですから本作→『怒りの菩薩』という順で読むと、より深く感じるものもあるかと思います(僕は逆順で読みました)。
内容としてはシンプルなものなのですが、そこに様々な人物の思惑や不可解な行動が絡んできて、一枚の精緻な絵を描き出していきます。ネタバレになるのでリンクを踏むときは気をつけてほしいのですが、東野圭吾の人気シリーズの某作品を思い出しました。二つの作品にはほぼ半世紀の時間的な隔たりがあるわけですが、いつの時代も根底に流れているものは変わらない、ということなのかもしれません。
陳舜臣『怒りの菩薩』
点数:9/10点
陳舜臣の初手は、この本にしようと決めていました。いやー、噂にたがわぬ傑作でしたね。
本作は第二次世界大戦直後の台湾を舞台としたミステリで、まず特筆すべきなのは、終戦直後の台湾の空気感でしょう。
もちろん僕は当時の台湾を直接見たわけではないのですが、本作の描写は精緻で息づくような方法が採られています。そういう筆力が本作をどっしりと支えていると言っていいでしょう。
また、本作に登場する三人の探偵役が動機、アリバイ、トリックの三方向から、不確定ながらも犯人を指摘して、それらを総合すると犯人が確定される(ネタバレなので反転)という趣向は大変に魅力的で、ミステリのスタイルとしてはオーソドックスな本作を、舞台設定とともにより魅力的なものに昇華していると感じました。
ジョン・ディクスン・カー『夜歩く』
今回はジョン・ディクスン・カー『夜歩く』(創元推理文庫)です。
初カー……ではなく、二冊目です。
二冊しか読んでいない人間の漠然としたイメージで申し訳ないのですが、カーといえば幻想的な雰囲気を楽しむもの、という感じがします。そういう意味で本作は、とてもよかったと思います。
正直、メイントリックは割と首をひねらざるをえないのですが、それを補って余りあるような濃密な雰囲気が圧巻です。
……ということを書いて思ったのですが、このトリックがそういう感じ(うーん、という感じのことね)になっているのは、ローランがすでに殺されているという事実(ネタバレなので反転)を隠すためのブラフなのでは、という気がしてきました。そういうことならなるほど、という感じ。
ともかく、この作品は雰囲気がとてもいいですね。濃密な妖しさ、常に漂う不穏さ、そういうものが存分に味わいたい人にはお薦めの一冊です。
ポール・オースター『ガラスの街』
一つ前の記事の作品と雰囲気が近い、ということで読んでみました。実は初オースターなので、楽しみですね。
なんとなく探偵小説のような雰囲気が漂っていますが、どちらかというとメタ小説に分類すべき作品だと思います。どこまでが『内側』でどこからが『外側』なのか曖昧で、その曖昧さが作品の雰囲気を作っています。
作中でも『ドン・キホーテ』についての言及がありますが、構造的には近しいものがあると言っていいでしょう。日本にも同じ試みをした作品があるんですが、そちらが本家の『ドン・キホーテ』のようにどこかコミカルな調子であるのに対し、本作はひたすらに静謐で、どこか煤けた雰囲気を漂わせています。そこがメタ小説として差別化を図っている点であり、本作の魅力であると言えると思います。
ゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』
今回はゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』(創元推理文庫)です。
本邦初訳、ということで発売日に買って、ちょっと寝かせて楽しみにしていました(買った本を寝かせる癖があるのです)。
帯には『三重構造の脅威のミステリ』という惹句が書かれているんですが、この帯がまずうまいですね。読む前と読み終わったあとでは、この惹句の捉えかたが大きく変わってきます。
タイトルの『青鉛筆の女』についてですが、海外では校正作業に青鉛筆を使用するのだそうです(このあたりの話は解説に詳しいので割愛します)。個人的には、その単語をタイトルに持ってきたことに注目したいですね。
ポリコレ思想が云々、というのは様々な感想サイトで論じられているので、あえて違う角度から攻めたいと思います。
本作は、①ある作品が存在し→②それに編集者が修正を指示して→③修正された物語が展開される、という形をとっています。この②にあたる部分がタイトルにもある『青鉛筆』であり、それは作品の方向性に大きな影響を与える、神様のような存在であるということができるかもしれません。
また、②で青鉛筆の介入があって、物語が変更されるわけですが、③に至っても影響を及ぼされていない者も存在します。それがいわゆる作者の魂ともいえる存在で、いかな神様といえど、そこは触れることができない、ということなのでしょう。
本作の魅力はまさにその部分にあり、諸般の事情で変更を余儀なくされた物語の中にも、作者は不滅の魂を忍び込ませることができるのだ、という叫びであるようにも思えます。
扱っている時代とテーマのせいでかなり人を選ぶ作品だと思いますが、そのテーマなくして成立しえなかった作品である、と言える作品でした。傑作です。
西澤保彦『赤い糸の呻き』
というわけで今回は、西澤保彦『赤い糸の呻き』(創元推理文庫)です。
初西澤なのですが、はてさて――
・『お弁当ぐるぐる』
これは正直に言っていまいちでした。
犯人当ての形式がとられていますが、これ、当たらないでしょ。結末は意外で面白いと思うんですが、犯人当てとしてはそこまで、という感じ。
・『墓標の庭』
結構好きです。なぜならメガネ以下略。
そんな冗談はさておくとして、展開の妙(妙なところはほかにもありますが)が冴えた短編だな、と思いました。
・『鴨はネギと鍋の中』
これも好みですね。
内容もさることながら、個人的に特筆したいのが、事件発生までの甘酸っぱさです。ここが良質であるがゆえに、後半との対比がとてもうまくいっていると思うのです。
・『対の住処』
収録作ではこれが一番好みでした。
物語にちりばめられた情報が機能的に収束していき、最後に語られる意外な動機につながっていく様は、読んでいて気持ちがよかったです。
・『赤い糸の呻き』
表題作にして、中編レベルの長さを誇ります。エレベーター内で起こった殺人事件、という条件だけでもワクワクしますが、そこからの話の展開が圧巻ですね。まさかこんな展開をするとは……
という感じです。初西澤でしたが、楽しむことができました。
全体的にアベレージが高い短編集で、一番最初の『お弁当ぐるぐる』こそ個人的には肌に合わなかったものの、全般的に好みの作品が多かったですね。
全編に共通してみられるのは、普遍的(と言っていいかわかりませんが、日常的な、と言い換えてもいいかもしれません)なことを丁寧に描くことによって、のちに語られる事実の特殊性を際立たせている、という点が挙げられるかと思います。そういう書き方をすることによって、その特殊性が強く印象に残るわけですが、これを達成するには普遍的な感覚と、それを描写する筆力が要求されます。本作はそれを絶妙なバランスで成り立たせていると言えるでしょう。
僕のように、「西澤保彦っていう作家が気になってるけど、どれから読めばいいかわからないよ……」という人にうってつけの一冊です。
望月拓海『毎年、記憶を失う彼女の救いかた』
というわけで今回は、望月拓海『毎年、記憶を失う彼女の救いかた』(講談社タイガ)です。
最近ブログの更新をおさぼり気味だったので、ここらで仕切り直しということでね。
第54回メフィスト賞受賞作、ということで。
『すべての伏線が、愛――』というキャッチコピーが鮮烈な本作ですが、すでに四刷なんですってね。売れてるなあ。
感想なんですが、僕はそこまで好みではないかなあ、という感じ。
キャッチコピーからもなんとなく想像がつくかと思うのですが、伏線(個人的に本作で用いられているのは『布石』だと思うのですが、まあそれはいいでしょう)が張られ、それが『愛』につながっていくという形をとっているので、物語がきれいに収束していきます。個人的にはそういう物語が苦手(うまくいきすぎているなあ、と感じるため)なので、肌に合わなかった部分はあると思います。
しかしながら、文体が簡明で内容と併せてリーダビリティが高く、「なにか本を読みたいんだけれど、どんな本がいいかなあ?」と悩んでいる人にはうってつけの一冊となっているかと思います。