パット・マガー『探偵を捜せ!』
一体、誰が探偵なのだろう?
というわけで今回は、パット・マガー『探偵を捜せ!』(創元推理文庫)です。
初顔の作家ですね。
どこかで「この作家いいよ!」と小耳にはさんだので、見かけ次第手に入れてみたわけですが……いいですねえ、これ。好みですわ。
病床の夫を殺そうともくろむ妻、マーゴット。しかし夫はこういった「お前を告発するためにロッキー・ロードスという探偵を呼んだ」
果たしてロッキー・ロードスは誰なのか。マーゴットは逃げおおせることができるのか……
というのが本書の内容です。
通常のミステリであれば、事件が起こり→犯人を捜す、という流れになるわけですが、本書は事件の捜査をする探偵を捜していく、という手法がとられています。そこが新鮮だったわけですが、処理のしかたが個人的には微妙だったかなー、と。タイトルから想像するに、もっとロジカルな展開になるかと思ったのですが、結果としてはこんな感じに着地してしまったわけで。
ラストシーンは個人的には結構好きで、いい余韻が残るとは思うのですが、それだけに惜しかった、と感じました。
上橋菜穂子『物語ること、生きること』
自分の背中を蹴飛ばして、玄関マットの上から飛び出そう
ということで今回は、上橋菜穂子『物語ること、生きること』(講談社文庫)です。
正直なところ、この本を読む予定はなかったのです。しかし、一人でお酒を飲みに出かけた際、読もうと思っていた文庫を忘れてきて(僕は一人飲みのときになにか本を読むことが多いのです)、急遽本書を購入したわけです。
で、読んでみたんですが、大正解でした。
上橋菜穂子といえば『獣の奏者』や《守り人》シリーズが有名ですが、それらのシリーズを作るバックボーンとなった話が詳らかに語られています。
個人的には作者のこうした話はとても興味があるので、楽しく読みました。特に、アボリジニーの暮らしを研究するためのフィールドワークのくだりは、個人的にも興味がある分野だったので面白かったです。
川上未映子『きみは赤ちゃん』
こんにちは、赤ちゃん
ということで今回は、川上未映子『きみは赤ちゃん』(文春文庫)です。
『乳と卵』で芥川賞を受賞した作家川上未映子が妊娠し、子供を産んで、保育園へと入園させるまでをまとめたエッセイとなります。
男の僕から言わせてもらえば、こういう母親の心理というのはやはり理解の及ばないところにあって、想像することさえ難しいわけです。それが本書では川上未映子独特の言語感で文章になっているため、母親の心理を知るにはいいのではないかと思います。
僕は以前から川上未映子のエッセイを読んでいたわけですが、そのころの印象と、この本から受ける印象は驚くほど違います。妊娠、出産という経験はそれだけ大きなものである、ということなのでしょう。ここも、親でなく、母でない僕には想像しづらいところだったので、面白く読みました。
井上真偽『恋と禁忌の述語論理』
凛、と風鈴が鳴った
というわけで今回は、井上真偽『恋と禁忌の述語論理』(講談社ノベルス)です。
初顔の作家です。しかし、控えめに言って最高でした。
とりあえず、本作は連作短編集なので個別に感想をば
・『スターアニスと命題論理』
論理学入門編、といったところ。知らなくても問題なく読むことができますが、理解することができればもっと面白く感じられるでしょう。
僕は読み進めている最中に違和感があって、そこでいったん冒頭まで戻って読み直してしまったのですが、多分一度最後まで読んでからまた読み返したほうがいいように思います。話自体は好みで、とてもいい導入でした。
・『クロスノットと述語論理』
読み進めつつ、「この探偵の推理にはちょっと無理があるなー」と思っていたのですが、僕には『どのように』無理があるのか説明することができませんでした。しかし、説明することができるのです。そう、述語論理ならね!
それはさておくとして、作中の三つの事件の中では、ややトーンダウンした印象ですね。もちろん、それでも十分に面白かったわけですが。
・『トリプレッツと様相論理』
やられたなあ、という印象。
実のところ、森帖くんが作中にたどり着いたところまでは僕もたどり着いていたのですが、まさかこう切り返されるとは……
それとは別に、ラストシーンのある数行は、まったく想定の外から来た仮説だったので、ちょっとガツーンとやられた気分。
・『恋と禁忌の……?』
すべての解決編です。
正直、各話に違和感があったのですが(三話目が割と決定的で、一話目もそれなりに。二話目はそんなに違和感なかったような……)、それがこういう風につながってくるのか、と。圧巻でした。
という感じ。
メフィスト賞作家をずいぶん久しぶりに読んだのですが(辻村深月以来でしょうか)、なんというか、これぞメフィスト賞、という尖り具合だったと思います。
作中に登場する数理論理学で躓く人もいるかと思うのですが、そこを理解できずともなんの問題もないと思うのです。本作はそもそも、物語として圧倒的なパワーを持っていて、その形をより尖らせているのが数理論理学という装置であるわけです。
また、物語は構造として、結末に向かっていくにつれて収束していく傾向にあると思うのですが、作中に登場する論理学は、命題→述語→様相という風によりファジーで広がりのあるものを取り扱っていくことになります。その構造上の対比も面白いな、と感じました。
なんにせよ超ド派手なデビュー作でした。一読して損はないでしょう。
佐川芳枝『寿司屋のかみさんうちあけ話』
寿司屋のかみさんが、ぶっちゃけます
ということで今回は、佐川芳枝「寿司屋のかみさんうちあけ話」(講談社文庫)です。
その昔、僕がまだメガネっ子ではなかったころのことなのですが、よく図書館に通っていました。実のところ、当時はそれほど本が好きなわけではなかったのですが、図鑑やら写真集やらを眺めるのは大好きだったのです。
そんな中、色々な棚を眺めているうちに、ある本に出会いました。本の名は『寿司屋のかみさんうちあけ話』――そう、この本です。
それから幾星霜。
当時の記憶力に乏しかった僕は、本書の書名以外の情報をすっぱりと忘れてしまいました。長じてからこの本を手元に置いておきたいと思うようになったのですが、署名だけではブックオフ的な場所で見つけることもできず……
それで、いよいよと思い立ってネット通販で購入してみました。いやあ、便利ですね。
基本的には足で本を集めたいと思うのですが、やはりこういうものも利用しないとね。
とまあ、余談はここまでにして、そろそろ感想に行こうと思います。
本書は、東京は東中野にある名登里寿司のおかみである佐川芳枝さんによる、寿司屋の裏側を綴ったエッセイとなります。
文章は、小学生の鼻たれ小僧が読めるくらいなので難しくありません。シンプルで明瞭に寿司屋の裏側が綴られています。しかしそれがかえって佐川さんの人柄を表しているようで、なかなかにいいんじゃないでしょうか。
泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』
亜です、希硫酸の亜
ということで今回は、泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』(創元推理文庫)です。
実は読んだことがなかったので、読んでみました。連作短編集なので個別に感想を。
・『DL二号機事件』
初めまして亜愛一郎。
タイトルと内容のギャップに驚きましたが(想像してたのと全然違った)、これはこれで。やや冗長な言い回しが目につきますが、作品のいい雰囲気になっているような気もします。
・『右腕山上空』
割と好みの一作。
空を飛んでいる気球の中で、唯一の乗員が殺されていた……という話で、広い意味での密室ものかと思います。これの亜種が森博嗣の某作品になるのかな。
・『曲った部屋』
内容はともかくとして、文章でちょいちょい「ん?」と首をひねる部分があるのが残念。
ただし、伏線の張り方が好みで、最後まで読んで「ほほー」となりました。
・『掌上の黄金仮面』
この短編集の中では一番首をひねった作品。
作中のある事実に関してはまあわかるのですが、いくらなんでもこの犯行方法は……
・『G戦場の鼬』
先ほどの『曲った部屋』とは対照的に、やや話の稚拙さが目立つ気がします。作中のある重要なポイントが唐突に出てきて「おや?」と思った記憶
・『掘り出された童話』
話としては一番好きです。
基本的には亜と一荷の珍道中といった風情でコミカルに進んでいくのですが、それだけにラストの展開は鮮やかに感じられました。本書でどれか一つ挙げるとすれば、僕は迷わずこれを挙げるでしょう。
・『ホロボの神』
個人的な嗜好としては、かなり好きです。古処誠二好きな人にはぜひ読んでほしいですね。
それだけにもう少し丁寧に伏線を貼ってほしい気もしますが、この長さだとこれが精いっぱいかもしれません。
・『黒い霧』
とてもコミカルな作品で、本書の読後感をよくした要因の一つといっても過言ではないでしょう。作中はしっちゃかめっちゃかなことになっているのに、恐ろしくスマートな話に仕上がっています。さすが、と言いたいところ。
という感じ。亜愛一郎という事典の一番最初に来るであろう探偵(実際にそういう意図で名づけられたらしいですが)の初登場作品集ということで。
僕は素直に楽しみました。言い回しや表現に時代を感じるせいか、やや読むのに時間がかかりましたが、亜の行動がコミカルなおかげか、どこか軽快な話が多いのもよかったです。
本書には八つの短編が所収されていますが、そのそれぞれに技巧が凝らされていて、泡坂妻夫のエッセンスがしっかり感じられるかと思います。
中村安希『インパラの朝~ユーラシア・アフリカ大陸684日~』
インパラの朝―ユーラシア・アフリカ大陸684日 (集英社文庫)
- 作者: 中村安希
- 出版社/メーカー: 集英社
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今夜はどこで眠ろうか
というわけで今回は、中村安希『インパラの朝~ユーラシア・アフリカ大陸684日~』(集英社文庫)です。
これって読書感想文の課題図書だったんですね。個人的には、これで読書感想文を書くと、すごく『いい子』な感想が頻出しそうで(もちろん、それを目論んでの選出でしょうが……)、なんだかちょっともやっとするんですが……
まあ、僕は別にいい子ではないので(メガネっ子ですが)、そんなの気にせずに感想を書いていきたいと思います。
タイトルを読んでいただければわかるかと思うのですが、本書は著者の中村安希が旅したおおよそ二年という日々を綴ったものになります。
基本的には普通の紀行文として読んでいけばいいのですが、この人、ちょいちょい危ない橋を渡っていますねえ……
まあ、それ自体は自分の選択なので(冷たい言葉でいうと自己責任、というやつ)、僕自身思うところはないのですが、この人は視点がちょっとおもしろいですね。
たとえば、中村安希は三か国目に中国に行っているわけですが、彼女は中国で電車に乗った話をします。あるいは、アフリカのパートではビジネスマンたちとの交流や、アクセサリー職人との共同生活を描いたり、あえて少し斜めからその国を見ているというか、そういう部分があるように思います。
文章はともすれば傲慢で、旅している国をどこか下に見ているような雰囲気さえ感じますが、彼女はそれに酷く自覚的で、あえてそういう書き方をしているようにも感じました。というのも、彼女はあくまで旅人で、様々な国の暮らしを目の当たりにしたわけですけれど、結局のところどうしたって当事者にはなれないわけです。そういう感覚からこの文体を採用しているのかな、という気もします。
女性が一人旅をする、というのはありふれた話ですが、彼女の斜めの視点を取り入れると、ここまで独特なものに変化してしまうのでしょうか。おすすめです